11月27日、ハプスブルク講座シリーズ第5回、「左手のピアニスト パウル・ヴィトゲンシュタイン」が開講されました。前回の青野原の捕虜収容所でのお話に引き続き、第一次大戦下のハプスブルクについてのご講義が中心でした。
今回の議題であるパウル・ヴィトゲンシュタインはウィーンの名家のピアニストでしたが、第一次大戦に兵士として従軍し、右手を失いました。このショッキングな事故について当時の様々な兵士や彼のお兄さんの日記などから、生々しい戦争の現実を垣間見ることとなりました。ハプスブルク家というと私はすぐにマリア・テレジアや、エリザベートなどキラキラした宮廷物語を思い浮かべるのですが、リアルなハプスブルク史は悲惨な戦争や複雑な民族関係など、決して美しい華やかな宮廷物語だけではないのだと認識させられました。皮肉にもハプスブルク家の家訓は「戦は他国にさせておけ。幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」なのですが…。
悲惨な戦争の中でも音楽は強かに生まれ続けます。音楽は人間にとってどんな時にも必要不可欠な強い存在なのだと痛感しました。そして第一回の戴冠式に始まり、統治下における学校設置問題や言語体系など、様々な角度からご講義いただいたおかげで、音楽の背景にはそのような戦争や民族関係など、政治的なものが多分に影響しているということが、この講座を通じて私が学んだ最も大きなことのように思います。

さてパウル・ヴィトゲンシュタインは右手を失っても左手だけで演奏家としての活動を続けました。編曲も行い、そこからは右手を失っても遜色なく弾けるんだという主張、彼の矜持のようなものが感じられます。演奏を続けることへの迷いは微塵もなかったようで、前向きに困難を乗り越えていく生き方は実に力強く、感動を覚えました。今回そんなヴィトゲンシュタイン編の楽曲を演奏してくださったのは現代の左手のピアニスト有馬圭亮さんです。有馬さんの演奏は、ヴィトゲンシュタインへの深い理解と洞察から、彼の苦悩やこだわりを昇華させ、一切のことを超越した域にまで高められていました。無駄な力みは感じられず、あくまでも自然体。ヴィトゲンシュタインへのリスペクトがひしひしと伝わってくる素晴らしい演奏でした。

コンサートの後、先生と有馬さんを囲んでの楽しいくつろいだひとときがありました。実際にヴィトゲンシュタインが演奏している動画をPCで見せていただいたり、講座の感想を語り合ったり…。今回で最終回でしたが、回を重ねるに従って、先生とお客様の距離もグッと縮まり、共に音楽に耳を傾け、語り合い、実りある豊かな時間が流れました。サロンならではの素敵な交流が生まれたことがとても嬉しく、この場に身を置けたことを幸せに思います。これからも様々な催しを通じて、音楽の輪が広がっていくことを願っております。

2021年の11月に牧落倶楽部初の探求シリーズとしてスタートしたハプスブルク講座。講座も初ならオンライン配信も初、全て手探り状態で、お見苦しい点も多々あったかと思いますが、大津留先生のご指導ご協力の下、何とか最終回まで辿り着けたことは一スタッフとして感慨深いです。大津留先生をはじめ、ご出演いただきました演奏家の方々、こ参加いただきましたみなさまに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

牧落倶楽部では今後もこのような講座やコンサートを継続していく所存です。どうぞご期待くださいませ♪
”ハプスブルク”講座”第5回「左手のピアニスト パウル・ヴィトゲンシュタイン」より